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街の迷惑者・世の厄介者どもよ、お天道様は見ているぞ!
猿の意思を尊重

 一方通行の狭い道を自転車で通っていると、園児らしい男の子を連れた母親が向こうからやって来るのが見えました。私はスピードを落として道の真ん中を進み、親子は自転車の私に道を開けてくれて、若干端へ寄ったようでした。すると、親子の横へ差しかかった時でした。男の子が突然自転車の前に飛び出たのです。
 私はかなりゆっくりとした運転だったためさほど慌てず子供を交わすことができましたが、母親も咄嗟に子供の身体を引き寄せたのが見えたものでした。

 さて近ごろ、子供の意思を尊重して子供を叱らない親が増えているそうです。つい先日も子供を叱らない子育て法をテレビで紹介していましたが、サルみたいなクソガキ……、いえ、天使のようなお子様にやさしく接して、決して声を荒げることのないその親の姿勢には感動すら覚えた(笑)ものです。子供が自らの間違いに気づくまで気長に待つとは、なかなかできるものではありません。エライものです。
 いま、学校ではどうなのでしょう。いじめや児童虐待が社会問題になり始めた90年代から、特に教師に向けられる世間の目が厳しくなっていますから、“愛の鞭”などという言葉はタブーになったのでしょうか。
 昔、まさにサル同様の悪ガキだった私は教師からずいぶんと体罰を受けたものでした。ある先生にはげんこつを喰らい、頬を平手で殴られたこともありましたが、それはいま思うと、将来の大きな犯罪に繋がりかねない私の悪さを正されたもので、反省こそすれその先生への恨みなどみじんもありません。
 一方、別のある教師の、個人的な感情がもろに入った体罰にはいまだに憎悪感を持っています。ちぎれるのではないかと思われるほど頬をギューッと摘まれて引き回され、縦にした定規で頭を叩かれたときは、子供ながらもこの教師の陰険な性格を感じ取って、反省するより先に憎しみばかりが込み上げたものです。
 こうした経験を踏まえた上で、私は教師や親の体罰を是認するものです。先頃、宿題を忘れた子供の頬を本当にちぎってしまった教師が中国にいましたが、これはもちろん論外として、要は加える体罰の程度問題でしょう。毎年増加を続けている児童虐待は、親が、または教師がお仕置きするその加減を知らないから社会問題になっているのであって、真に子供の将来を考えた“愛の鞭”をタブーにしてはなりません。

 冒頭の母子は家が近所なのでよく見かけるのですが、同じ道を自転車で進んでいたらまた会いました。すると、先日とまったく同じように男の子が急に自転車に寄る仕草を見せ、母親もまた同じように子供の肩を引き寄せました。
 どうやらこの子は、母親にかまって欲しいために自転車の前に飛び出ているようです。子供は幼いながらも対向自転車のスピードと距離をちゃんと測っていて、母親をヒヤリとさせはするものの、母親が直前で守ってくれるのは計算尽くです。
 しかし、もしもこれで自転車にぶつかったなら、子供が痛い目に遭うばかりでなく、ぶつけた私の方こそ警察沙汰になって人生が狂いかねません。母親は子供を守るだけではなく、こういうときこそ手を上げてでも厳しく叱らなくてはならないと思います。
 子供は本来わがままな生き物であり、その意思を尊重していたなら社会性の無い傍若無人な大人になってしまうわけで、それはきっと本人にも周囲にも不幸をもたらしてしまいます。大事になる前にピシャリとやってしつけておかないと、結局はその子のためにならないのです。
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[2012/01/30 05:37] | しつけ
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ソン
はい、まったく大黒天様の言うとおりだと思いますよ。
私も子供だからと言って何をしても許されるわけでは有りませんから、世の中のルール違反に対しては手が出てしまいます。
姪の子供はやっと出来た一人っ子でまわりは誰も怒りません、一度車内で我が儘放題でしたからおもいっきり叩きました。
本人も大人に怒られたことが無い物ですから驚いたようですが、その後にちゃんと説明し納得すれば根に持つこともなく終わるんです。
また、孫にもルール違反に対しては怒りますので”ジイジは嫌い”と言います、私も”大人の言うことが聞けない子は嫌い”と言ってやり、後から諭します。
決して体罰は悪いばかりではないと思うんですが!

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